特集記事

見た目で判断!?

December 10, 2017

 

外国のニュースの話題に取り上げられている日本の学校や塾。

 

生徒の健康に気を使っている日本の給食の中身、掃除の習慣、挨拶など、褒められる事が沢山ある

 

一方で、

 

非難される事も沢山ある。

 

それは、例えば生徒の髪の毛の色。

 

ナチュラルな髪の色を、黒に変えさせることである。

 

黒のイメージに対して、正しい、という判断をしており、黒に変えさせるのである。

 

しかし、それは時としてその人の遺伝子からその人を否定することになっている事に気がつかない。

 

グローバル化になりつつある日本。

 

今や、見た目で判断される時代ではないのは、ないだろうかと思う。

 

見た目で判断する事よりも、重要なのは、その人がどんな人であり、何をしてきたか、

 

そして、今何をしているのか。

 

それが、相手に対してどうなのか。

 

見た目は、勝手な受け取る側の判断に過ぎない。

 

しかし、行動や、どういう人か、は中身を見る必要がある。

 

この取り締まりは、実は生徒だけにとどまらない。

 

先生に対しても、そうである学校が多い。

 

パット見、信用できるからとか、誠実に見えるから、とかいう理由で、縛りをつける。

 

確かに、靴の汚い人よりも、靴のきれいな人の方が、清潔感はあるし、

 

話しかけてみようかという気持ちにもなる。

 

そういったある部分では、否定しきれないが、

 

相手に誠実になるのは、その先生の行動であって、見た目ではない。

 

大事な事は、人の中身であるように思う。

 

従って、規則を重んじるあまり、本来の目標とするもの、

 

つまり技術やスキルの上達などに目を向けなくなるのは、いかがなものかと思う。

 

教育者として、気を付けなければならないのは、

 

教育とは、人にルールを使って縛り、皆と同じようにさせる事ではなく、

 

自分をもって、自分の能力をいかに発揮させ、創意工夫させ、世界を渡り歩けるスキルを身に付けるか

 

が本来の目的とする所であり、その成長を促す手段であると思う。

 

伝統的なルールにのっとった教育に固執するのではなく、結果にコミット出来るルール作りをする事の方が、

 

今やどこに行っても、サバイバルが出来るほどに通用するかもしれない。

 

今や、グローバル教育は’考える’をキーワードとしている。

 

’考えさせる教育’がどういうことなのか、現代の学校や塾に問いたい。

 

 

 

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